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2012/12/31

NAATIについて調べてみた~認定制度編その3~

過去二回の記事のまとめ。
NAATIについて調べてみた~認定制度編その1~
NAATIについて調べてみた~認定制度編その2~

翻訳者あるいは通訳者としてNAATIの認定資格を取得する手段は五つ存在するが、それぞれ取得できる資格が異なっており、自分の好きな手段で好きな認定資格が得られるわけではないことに注意する必要がある。また、かなりハードルの高い申請条件が設置されているものもある。
これらを踏まえた上で整理すると、

NAATI指定校の翻訳(通訳)課程を終了する>認定試験を受ける>その他の方法で申請する

この順番でNAATI認定資格取得を目指すのが最も簡単(合理的)であるということになるだろう。全体的な統計がホームページ上に掲載されていないためハッキリしないが、2010年~2011年の年次報告書のデータを見る限りでは、この期間に認定を受けた翻訳者(通訳者)の67%が指定校経由での認定取得となっており、次いで認定試験受験による認定取得が30%となっている。残りがその2の記事で挙げた3,4,5番目の方法による認定取得になるが、それらが全体に占める割合はたったの3%となっている。このことからも、上述した順番での認定取得が一般的であることが窺える。

ちなみに、認定試験の試験要項末尾には言語別に試験に関する特記事項があり、日本語の試験については以下のように定められている。
  • 漢字は常用漢字1945字のみ使用可能、旧字体の使用不可
  • かな表記は現代仮名遣いに準拠
  • 筆記は楷書によること、草書体は不可
  • カタカナの表記は研究社「新和英大辞典 第4版」で定められた再修正ヘボン式に準拠
  • 言語は標準語を用い、方言やスラングを使用しないこと(翻訳試験・通訳試験)
また、規定に沿わない「異なった文字や仮名遣い」は採点の対象から除外されるとまで記されている。なかなか細かく定められていて驚いた。

少し脱線するが、個人的に気になったのが「方言やスラングを使用しないこと」の部分。これは以前から考えていたことなのだが、私の場合、将来通訳をするにあたって訳出の面で沖縄で育ったことがいつか障壁になるのではないかと小さな不安を抱いている。というのも、沖縄の言葉遣いには方言とは別に沖縄独特の日本語表現というものがあり、字面は日本語なのだが、そのような言い方は内地(本土)ではまったく使われない、というものがかなりある。しかも、沖縄人のほとんどはそうした表現は内地でも通じる一般的な表現だと思っている。たとえば、
  • クーラーが「逃げる」(冷気が窓などから出ていくこと)・・・「クーラーが逃げるから窓閉めて~」など
  • 洋服を「つける」(衣類は全て「着(つ)ける」で表現する)
  • 水を「こぼす」(意図的に捨てること。日本語の「こぼす」は不注意によるものらしい)
  • 「~しましょうね、~しようね」(日本語ではLet's、お誘いの意味だが沖縄ではただの報告)・・・「じゃあ帰りましょうね~」(=いっしょに帰ろうという意味ではなく、さようならの意味)」
私自身、このような表現が沖縄独特のものであるということは、FM沖縄の「辞典には載っていないウチナー口講座」で大学生時代に初めて知った。

こうしたことを考えると、試験官はこういった些細な言葉遣いを厳密に発見し採点に反映させることができるのだろうかと疑問が浮かんでくる。その1で紹介した丸岡さんの記事でも指摘されているが、採点者は同レベルの通訳者・翻訳者が務めることになっている。受験者の解答が常用漢字1945字のみを使用し、研究社の再修正ヘボン式に則ったものになっており、そして方言やスラングを使用していないか、文章や録音データを一つ一つ確認するのはそう簡単ではなく、採点にかなりの時間を要するように思うのだが・・・。

以上、かなり大雑把ではあるが勉強も兼ねて認定制度について目立った箇所をまとめてみた。誰かの役に立てば良いのだが・・・。

NAATIについては今後も継続的に記事にしていく予定(予定…)なので、こういう点を調べて欲しい、という要望などがあればお知らせください。ご期待に応えられるかは不明ですが(^_^;)

NAATIについて調べてみた~認定制度編その2~

前回の記事では、認定試験によるNAATIの認定資格取得について確認した。今回は、それ以外の

2.オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳(通訳)課程を修了する
3.オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)の資格で申請する
4.国際的なプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明を行う方法
5.突出した実績を証明する方法

についてみていく。

前回の記事では、翻訳・通訳両方の認定資格において、試験制度では取得できないものがあることがわかった。そこで、上に列記した2~5番目のいずれかで認定申請を行う場合について、それぞれの資料を読んでみると、これらの申請方法であればConference Interpreter(シニア含む)とAdvanced Translator(シニア含む)の認定が受けられる旨記されている。やはりこれらの資格は認定試験の受験では取得できない仕組みになっており、認定資格自体が廃止されたり統合されたりしたわけではないようである。
では、1つずつ見ていく。

2.オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳課程あるいは通訳課程を修了する
日本語の翻訳・通訳(もしくは両方)認定が受けられる学校はオーストラリア国内に現在16校あり、来年2月からはメルボルンのモナシュ大学でもNAATIの指定を受けた翻訳・通訳課程が始まる。これらの教育機関で翻訳(通訳)課程を修了した学生は認定試験を受験する必要のなく各教育機関毎に定められたレベルの翻訳者(通訳者)認定を受けることができる。
NAATI指定一覧はこちら(2012年11月現在)。

3.オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)資格で申請する場合
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator
  • Professional Translator
  • Conference Interpreter
ただしこの方法による申請の場合、オーストラリア国内で翻訳(通訳)課程を修了した場合(方法2)と異なり、当該教育機関での資格取得(課程修了)イコールNAATI認定取得にはならないと記載されており、同じ教育機関から複数の生徒が申請を行うようなケースでは、各人の実務経験なども別途加味した上で査定を行うため、申請が通るかどうかの結果は一人一人異なると明記されている。

4.国際的なプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明を行う方法
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator(シニア)
  • ---国際会議翻訳者協会(Association Internationale de Traducteurs de Conference)をはじめとする協会の加盟会員に付与される認定資格。
  • Professional Translator
  • ---翻訳の学位を取得している英国公認言語学会(Chartered Institute of Linguists)会員に付与される認定資格。
  • Conference Interpreter(シニア)
  • ---国際会議通訳者協会(Association Internationale des Interprètes de Conférence)会員に付与される認定資格。
他の方法と同様、この方法による認定申請も関係書類(会員証明など)の提出によって査定される。

5.実績証明
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator(シニア)
  • Conference Interpreter(シニア)
「突出した実績を証明する」だが、資料によると、
Advanced Translator(シニア)
  • 申請の時点で最低でも過去5年以上に渡り国連関係機関、欧州連合(EU)、インターポール、国際司法裁判所、NATOで常勤翻訳者として働いた実績のあること、あるいはフリーランスとして以下全てを満たすこと
    1. ヨーロッパ言語またはアジア言語への100万語以上の翻訳実績、または1ページ25行ダブルスペースの様式で4000ページ以上の翻訳実績があること。またそれらの実績が申請者自身の活動のみによって達成されたものであることをバンクーバープロトコルに基づき法的に宣言すること
    2. 査定用にAdvanced Translator以上の基準で訳出した翻訳文書を3つ提出し、それらの実績が申請者自身の活動のみによって達成されたものであることをバンクーバープロトコルに基づき法的に宣言すること
Conference Interpreter(シニア)
  • 申請の時点で最低でも過去5年以上に渡り国連関係機関、欧州連合(EU)、インターポール、国際司法裁判所、NATOで常勤通訳者として働いていること、あるいは
  • フリーランス会議通訳者として国際会議、セミナー、政府による多国間協議に150日以上従事していること

これらが認定に必要な実績の目安として定められている(他にもそれら実績の証明方法に関わる規定がある)。かなり厳しい条件のように感じる。

ある同時通訳者は、ミス・ユニバースで通訳を務めてきた経験も、同時通訳者としての15年のキャリアもNAATIの認定取得には全く役に立たず、泣く泣くProfessional Interpreterの試験を受験するしかなかったと嘆いている。しかもこの同時通訳者は不幸なアクシデントのおかげで再受験するハメになったようだ。

ここまで具体的に明記されていると、たとえどれだけ知名度の高い国際的なイベントや会議でも、ここに明記されている機関以外での活動は「突出した実績」とはみなされないということかもしれない。

このように、申請する方法によって取得できる認定資格がかなり細かく区別されている。

NAATIについて調べてみた~認定制度編その1~

今月はじめに師匠に招待され、シドニーで開催された通訳者・翻訳者向けのAUSITカンファレンスに参加した。その際に、「自分のためにもなるからNAATIについて調べてみたら?というか調べろ。」と命を受けたのでまずはNAATIの認定制度を中心に調べてみた。

オーストラリア政府公認の下、翻訳者・通訳者の認定を行ない、政府公認のプロとしてお墨付きを与えているのがNAATIという団体。団体の目的と制度については「翻訳・通訳業界に資格試験制度は必要なのか?」という記事で翻訳者の丸岡さんがかなりわかりやすい説明をされている。

彼の記事によると、NAATIは1977年に当時の移民省という部門に設置されたそうだ。私自身でも認定制度と併せて組織の沿革なども調べようと思ったのだが、NAATIの公式サイトには「コモンウェルス(連邦政府)、州政府、領政府の共同で運営されており、2001年会社法(Corporations act 2001)でその設置が定められている」と軽く触れられているだけで、組織の沿革に関する具体的な情報や資料はあまり掲載されていない。 この記事では自身で確認できた範囲でまとめていく。

NAATIの目的
NAATIは組織の目的について、「コミュニケーションの多様性に伴う需要の変化に応えることによるオーストラリア社会の統合と参画強化」を掲げており、以下をその主たる方策としている。
  1. 通訳と翻訳における高い国家基準の設定、運用、普及
  2. 基準を満たす翻訳者・通訳者の認定による品質保証制度の導入
オーストラリア国内での通訳・翻訳産業の品質維持のためにこの認定制度があるわけだが、翻訳者(通訳者)として認定を得る方法には以下の五つがある。
  1. NAATI認定試験の受験
  2. オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳(通訳)課程を修了する
  3. オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)に関する資格の取得証明
  4. 国際的に認知されたプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明
  5. 翻訳(通訳)における突出した実績の証明
一口に翻訳者認定・通訳者認定といってもそれぞれいくつかのレベルが存在し、申請者の翻訳(通訳)能力と既に取得している認定資格によって得られる認定資格が異なる。
いずれにせよ上に挙げたどの方法でも同じ認定資格が得られるとてっきり思っていたのだが、どうやらそうではなく、申し込む方法によっても取得できる認定資格に違いがあるようだ。

1.NAATI認定試験の受験
まず、試験による認定制度について、最新版と思われる2012年10月時点での試験要項をもとに認定資格ごとに出題形式と合格基準も併せてマインドマップにまとめてみた。
この方法で取得できる認定資格は以下。
翻訳者認定
  • Paraprofessional Translator(レベル2)
  • Professional Translator(レベル3)
  • Advanced Translator(レベル4)
通訳者認定
  • Paraprofessional Interpreter(レベル2)
  • Professional Interpreter(レベル3)
出題形式と合格基準

これとは別に、2010年10月付けのNAATI認定資格概要では、認定資格について以下の種類が挙げられている。それぞれシニアが最上位の認定資格である。
翻訳者認定
  • Translator Recognition
  • Paraprofessional Translator(レベル2)
  • Professional Translator(レベル3)
  • Advanced Translator(レベル4)
  • Advanced Translator(シニア、レベル5)
通訳者認定
  • Interpreter Recognition
  • Paraprofessional Interpreter(レベル2)
  • Professional Interpreter(レベル3)
  • Conference Interpreter(レベル4)
  • Conference Interpreter(シニア、レベル5)

比べてみるとわかるが、これらのうち、最初にまとめた認定試験制度の試験要項にはConference Interpreterの記載が無い。最上位資格であるこの認定資格は試験では取得できないということなのだろうか。
翻訳者資格認定については、Advanced Translatorの資格が1つしか記されておらず、2010年以降一つの資格に統合されたのかどうかなど、特別な説明が見つけられなかった。
また、「レベル5」というような呼称も、2010年の資料の時点で"formerly known as level 5"のように記載されているため、現在では用いられていないように聞こえる。

この不明点を明らかにするために、次回の記事では認定試験以外の方法による認定資格取得についてみていこう。

2012/11/11

バイト先の同僚のグチを聞いて学んだこと

今は某レストランで働いているのだけど、先日、バイト上がりに先輩と一緒にカフェに行って先輩の漏らすバイトのグチをたっぷり聞いてきた。・・・と、こういう風に書くと、タイトルを見て「あーグチ聞くのつらかったー」とか、「グチを言うのは良くない」みたいな展開を想像するかもしれないけど、そうではない。むしろ彼女の話を聞くのは凄く面白かった。これは彼女がこの記事を見るかもしれないから保険のために楽しかったと書いているわけではなく、本当に面白かった。興味深かったというべきかな。恐らくグチを語った彼女自身は、「あかし君にグチを語り尽くした」みたいに、もしかしたら申し訳なくすら思っているかもしれないけど、俺としては、他に誰もいなかった店内に何時の間にかお客さんが溢れているのにも気づかなかったほど楽しい時間だった。そして、この時間を振り返ってみると多くの学びに満ちていることに気づいたため、こうして記事に残しておくことにした。念のため、これから記す内容について彼女をディスる意図は一切ない。むしろ彼女はとても魅力的な人で、バイト中にはいつも助けられてます。

1. 誠実に生きることの大切さ
この日カフェで彼女のグチを聞くことになったきっかけは、バイト中に彼女がイラっとさせられたあるちょっとした対立だった。些細なコミュニケーションの食い違いで別の同僚との小さな対立が生まれ、そのおかげで彼女はイライラしてしまい、彼女と同時に勤務が終わった俺にその時の様子をグチとして語り始めたのだった。彼女は対立したその人物について、カフェに着く前から日頃気になっていたアレコレを個人的エピソードと共につらつらと勢いよく語っていったのだけど、その話を聞いて、俺自身が抱いていたその人物に対する印象と彼女のそれとで、真逆に近いほど違っていることに驚かされた。既に想像出来るとおり、彼女のその人物に対する印象(≒評価)は、日頃から溜まっていた鬱憤もありあまり良いものとは言えない。かたや俺が抱いていた印象というものは、よく冗談を言う気さくで接しやすい人物、というものだった。数年働いていて職場の面々についてよく知っている彼女が語る件の人物像というものは、このバイト先に入ってまだニ、三ヶ月足らずの自分にはとても具体的で、自分の知らなかった二面性を覗かせてくれる意外性に満ちたものばかりで、自分の抱いていた印象とのギャップを楽しむかのように、「へ~!」と、感心に近い嘆声が終始止まらなかった。

彼女の話に耳を傾けながら、この感覚は会社員時代にも味わったことがあるな、と思い出していた。ある役員の評価について、ある課の社員たちは「Aさんは凄い。あの人はいざという時はキチッと責任を取ってくれる。役職付きはこうでなくちゃ。」と口を揃えていたのだが、別の課の飲み会に参加してみると、「あの人はダメだよ、責任丸投げ。」と、まるで逆のことを聞かされ、ひどく驚いた。同じ一人の人間でしかも会社という同じ組織の中にもかかわらず、相手によってこうも評価が変わるものなのか、これじゃあまるで別人の話じゃないかと耳を疑うほどだった。人の評価は評価者によってマイナス100からプラス100まで変わってしまうのだということを肌で感じ、彼女のグチの内容は会社員時代に得たその教訓を思い出させてくれた。

言い換えればつまり、俺の発言や行動も、人によってプラスに評価されることもあれば、マイナスに評価されることも当然ある―いや、既にその二つのジャッジを常に同時に下され続けているだろう、ということを彼女の話に気づかされた(当たり前ではあるけど)。その状況で大切なのは、自分自身、あるいは周囲の存在、もしくは組織や社会全体にとって良いことは何かを常に考え、変に媚びへつらったり何かをてらったりすることなく誠実な態度を見せることだろうなんだろうなと感じた。人によって評価の基準は異なる。プラスに評価してくれる人がいるということは、マイナスに評価する人も当然いる。自分を取り囲む周囲の人数が多ければ多いほど、全員にプラスの評価を下してもらうことは難しくなる。そのような状況で打つ芝居や虚飾の言葉は一瞬でバレてしまい、信用を大きく失う。ならば、たとえ自分の言動が一部の人の反感を買うことがわかっていたとしても、自分が正しいと思う限り、誠実に、正直に伝え振舞うことが大事なんだろうな、と考えさせられた。

常に誠実に生きることは難しいだろう。組織や社会のしがらみでの中で生きていれば、時には日和見的に振舞ったり、八方美人や面従後言でいる方が良い場合もあるかもしれない。それに、人間の悲しい性か、常に聖人君子然としている人は逆にどこか嘘くさく、人間的魅力に欠けて見えてしまうことも少なくない(だからこそグチを吐く彼女という存在について、俺は魅力的な人間だと感じているのだろう)。所詮は綺麗事かもしれない。しかしまぁ、そんな小難しいことは抜きにして、誠実に生き、そして周囲から誠実な人間だと思われたいなぁ、ということを耳を傾けながら思った。

2. 昔に比べて大人になった
こんなことを言うとキザっぽく聞こえるかもしれないけど、彼女のグチを2時間聞いた自分をハタと振り返ってみると、昔・・・特に大学時代の自分と比べると随分大人になったなぁと思う。昔は人のグチを聞くなんて行為は究極の時間の無駄としか思ってなかった。当時の自分なら、グチの止まらない彼女をコーヒーへと誘ったりなんて絶対してないだろうなぁと思う。昔と違って、今は何というか、自分とは無縁の世界にももっと興味を持つようになったというか、自分との接点の見えない他者やその人の話にも興味を持つ精神的余裕を持てるようになったと思う。大学時代や会社員時代の頃は、興味に自覚的な人や話題にしかコミットしなかった。自分が好きか嫌いか、興味があるか無いか、あるいはメリットがあるかどうかなど、損得を考えた人(モノ)付き合いしかできない節があった。だから、仕事が終わった後などの友達からの急な「今から会えない?」とかの連絡も、ホントは家に帰っても何もする予定がないにもかかわらず、「あー今日は忙しいから無理だわごめん」とか嘘ついたり。ある意味正しい選択でもあるのだけどね、場合によっては。今は、一見無駄に見えることに対する時間の投資にいくらか重きをおくようになった。以前よりセレンディピティー(思わぬ収穫)をいくらか重視するようになったというか、「期待はしないけど結果的になんかあったらラッキーだな(・∀・)」という視点で外の世界と関わりを持つ余裕が生まれるようになった。無機質で高尚な言い方をすると、ボランティア精神に芽生えたというかwこんな書き方をすると誤解されそうだけど、他人の話を聞くことが無駄だと思っているわけではないです。かつてはそう思っていたけど、今は利の見えないことでも楽しもうと思えるになった、という話です。

こういう風に自分の振る舞いや思考の変化を見つめ直すと、ある程度、こんな自分でもそれなりに成長したんだろうなぁと思う。でも、俺の中でなんとなく、「成長すること=大人になること=老けること」っていう変なイメージがあって、「年を重ねて肉体が衰えてもいつまでも童心を忘れずにいたい」と願う逆コナン志望の自分としては、自分のこの成長はとてつもな~く激しい精神的老化現象のような気がして、素直に喜べなかったりする。だから、どっちかというと「昔に比べて成長したなぁ。」というよりも、「昔に比べて老けたなぁ俺も・・・。」みたいな諦観たっぷりの捉え方の方が大きい。実際、実年齢より年上に見られることが多いしね。「なんだか落ち着いてるね」と言われることはよくあるし(会社員時代にも、今のバイト先でも言われた)、この前なんて、バイト先の上司に連れられて行った夜のカラオケでは、パスポートを見せた入り口の店員に「お前ホントに25か?」と驚かれた。「そんなに老けて見えるのかよ!?」とツッコんだら、「いや横にいるツレ(40代)が若く見えるんだよふがふが」と必死に弁明しておりました。
実際のところ、こういう思考が雰囲気に滲み出ていて、それが老けた印象を与えてるのかも・・・という予想もできるんだけど、でも、ここや以前のブログで述べてきた諸々の考えは、一応ハタチを超えた大人なんだし、周りの友人や同世代の人々も持ってるごくフツーの思考のはずで、決して達観したものではないはず。・・・じゃあ何で俺だけ老けて見えるんだよ?とまた振り出しに戻る。自分という人間を理解することは難しいですね。・・・白髪が多いからか?w

3. グチ話がグチ話で終わるかは聞き手次第なのかも
「嫌なことがあったから友達にグチを聞いてもらってガス抜きをする」という行為は、「聞き手は我慢して相手の話に耳を傾け、ストレスを相手から吸収する」という助け合いのカウンセリングのようなコミュニケーションだと思う。実際、何人もの患者の悩み相談を受けるプロのカウンセラーはストレスを溜めやすく、心の健康を崩しやすいそうだ。けど、最初に書いたとおり、彼女のグチ話を聞いたあの二時間は楽しく、むしろグチ話を聞かされたという感覚すらない。もしかしたら、グチ話がグチ話に終わるかは聞き手のコミュニケーション能力次第なのかも、と思った。

以前はグチを聞くのは究極の時間の無駄だと思っていた―ということを上に書いたけど、その若かりし時代(笑)には、男性と女性のコミュニケーションは全く別物で、男性のコミュニケーションが「見栄と競争」であるのに対して、女性のコミュニケーションが「共有と共感」であるということを経験として理解していなかった(それぞれ俺の勝手な定義です)。たとえば男性の場合は、「どちらがより優れているか」という動物的本能が常に潜在意識にあるので(と俺は解釈している)、自分の印象が悪くなる話(失恋、トラウマ、失敗談などなど)は、よっぽど仲の良い相手以外には語らない。笑い話になるレベルの話は別として。そのため、往々にしてプライベートな話(特に過去の話)はお互いにほとんどしない。悩み相談もしない。なぜかというと、「こんな悩みがある」ということを相手に告白するということは、自分の欠点や弱点を相手にさらけ出すことになってしまうから。実際、俺も男友達は沢山いるけど、彼らの家族や昔の彼女にまつわる話など、俺と出会う前の彼らの過去は全く知りません。極論すると、今の彼らを作り上げている過去のことは何も知りませんw 女性からすると上っ面の関係に見えてしまうかもしれない。どこか切った張ったの世界がある感じ。

ところが、女性の場合は自分の内側をどんどんさらけ出してお互いに共有し、その話に全員が共感することで連帯感を高め絆を深めるコミュニケーションを取る(だよね?)。そこが本質なので、実際には相手の意見はどうでもよく、とにかく共感するのがルールみたいなところがある。女子会とかも、男性がその場にいては言えない暴露話を共有し、「こんなことを共有してるウチラってマブダチだよね!」と確認する場として機能しているのではないかと思う。「新しい服を着ているのに気付いたら可愛いと言わなければならない(たとえ似合ってないと思っていても!)」という女性特有のルールはこの共有と共感のコミュニケーションの好例だと思うのだけど、これは男性にはとても滑稽なもので、そこが男性にとっては上っ面な関係に見える部分。お互いにグチを話すという行為も女性のコミュニケーションをよく象徴しているなぁと思う。実際、男性はお互いにグチ話をしないしね。それはやっぱり自分の弱点を晒すことになるから。

・・・と、前置きが長くなったのだけど(偉そうにこういうことを書くとディスられそうw)、男性と女性のこのコミュニケーションの違いを、当時は理解していなかった。だから、グチ話や悩み相談をされる時も、「ただ話を聞いて頷いて欲しい」「背中を押して欲しい」ということを相手が望んでいると知らず、理路整然と自分の意見(時には相手の考えを否定したり・・・もちろん相手のことを思って)を述べてしまい、結果的に何も変わらない相手を観察して「俺が割いた時間は無駄だったじゃねーか!」と思ってしまっていた。コミュニケーションのチャネルが一致していなかった感じ。だから、当時は「グチなんて話す暇があれば行動しろ」とか「どうせ何も変わらないんだから鏡に向かって話しとけばいいのに」みたいな結構酷いことを思っていたw

けど今はある程度大人になった(笑)ので、女性のコミュニケーションが「共有と共感」であることを知っている。今は女性の話を聞く際には自然とチャネルを切り替え、相手から求められない限りは極力自分の意見や解釈を述べず、ただ相手の話に傾聴する―ということができるようになった(昔よりはね)。そのおかげで、「この人はどんなことでどんな反応をするのだろう?」と、相手の話から透けて見える価値観を知る楽しみを覚えるようになった。そして、このコミュニケーション方法によってその人物のことをより深く知ることができるようになる、ということを体系的に理解できるようになった。このことに気付いた時から、昔に比べて自分の話で会話を独占することが少なくなり、そして上に述べたように他人やその人の持つ話に興味を持つことができるようになった。だから、彼女のグチもただ単にグチではなく、彼女という人間の中の一つのコンテンツのような感覚で楽しめたんだと思う。グチ話に対して「あーしんどかった」とか「この前はグチを聞いてもらったから今回は聞いてあげなきゃね」みたいな感覚を持つかどうかは、聞き手のコミュニケーションに対する考え方と、そして会話中のちょっとしたテクニックにかかってるんじゃないかな、ということをこの時間を振り返って思った。

あっという間に過ぎた二時間だったけど、振り返ってみるとこれだけの示唆に富んでいた。これもセレンディピティの賜物かな?w


―セレンディピティは、偶有性の海の中にある
http://matome.naver.jp/odai/2135172458847154701

2012/10/26

これまでのお料理写真まとめ

更新が停滞気味なので(書くネタは色々あるんだけどね・・・)ここらで気晴らしにお料理画像をまとめて一挙公開したいと思う!・・・と言っても大して料理してないし、したとしても酷い出来のものばかりなんだけど・・・w 古いものから順に並べていきます。

キャンベルのコーンスープに合わせたご飯の炒め物(チャーハンもどき)にスパムと目玉焼きを乗っけたテキトー御膳。トマトのスライスも配置。基本炒めることしか能が無いのでこんなのばっかw料理と呼ぶのかこれは・・・。


翌朝には張り切って同じ食材で昼食のサンドイッチを用意。お弁当箱はジップロック。しかしこのボリュームなので当然のごとく食べる頃には形が崩れてめんどうなことになったのであった。バジルソースが美味でした。

ある日の夕食。玉ねぎとジャガイモと人参を適当に切って炒めただけ。その横には大好きなアボカドも申し訳程度に配置。更にその横にはレンジでチンしたジャガイモが控える。もちろんお腹いっぱいにはなりません。

別の日の夕食。この日はご飯を炊きました。うちの炊飯器、ご飯がおかゆ並みにべしょべしょになる上に炊飯器の容器にコゲが大量に付着するから、炊こうとしたら物凄くエネルギーが要るんですよ・・・。なのでこの日は何となくグレードアップ。お皿もどこか豪華に見えますね(錯覚です)。確か、チャーハンもどきにジャガイモとアスパラガスと赤ピーマンを足した何かだった気が。その後ろにはワインのボトルが見えるので、ジーンと再会を果たした日以降の夕食です。彼から余ったボトルを貰っていたのであった。

久しぶりにパスタ。オーストラリア滞在一週間目ではパスタ地獄に足を踏み入れていたのでそれ以降はパスタを意図的に避けていたのだけど、この日は当時を懐かしむため久しぶりに調理。特に味は覚えていないので恐らくそこまで美味しくはなかったのだろう。

初めて肉が登場!これはテンションが上がる!!チャーハンもどきの上にスライスチーズを適当に乗せ、その横に例によってトマトを配備。その脇には謎のスープ。美味しくいただきました。

恐らく翌日の夕食。「ひょっとして肉とアボカドを一緒に食べたらうまいんじゃね?」という思いつきで多少の(俺的にはかなりの)アレンジ。アボカド大好きです。アボカドが野菜とされていることが信じられないぐらいです。

とある日の朝食(だと信じたい)。これまでは食材を炒めるかお湯を注ぐかボタンを押すかの3スキルしか習得していなかったのだけれど、なんとトマトスープを作ることができるように!これは大躍進ですよ、マジで!!意外と簡単にできるのね。トマトとジャガイモを適当にお湯にぶっ込んで煮込んだだけだけど、相当美味しかった。後にコンソメを入れるというテクニックも覚えるのですが、食材を煮込むだけでもこんなに美味しくなるとは知らず、軽く衝撃を受けました。料理って簡単なのか難しいのかわからん・・・。トーストはチーズの上にスモークベーコンを乗せたもの。

こちらも朝食の一枚。右上に見えるのはなんとお茶漬け。日本の食品を扱っている韓国系・中国系(たまーに日本人が店員のところもある)の売店があちこちにあるのですが、永谷園のお茶漬けの素を発見した時には即買いしました。この日は朝食っぽい感じですね。右下に見えるのはコーヒーです。

写真から伝わる見た目とは裏腹に、恐らくこの記事の中で一番レベルが高いであろう夕食。鶏の胸肉のベーコン巻きです。これはまみねーねーに教えてもらったサイトから採用したレシピ!ただ鶏肉をベーコンで巻いただけではなく、その中にはモッツァレラチーズをまぶすという気合の入れよう。それをオーブンで30分ほど焼いて完成。それだけではお腹が膨れないので手抜きの冷凍フライドポテトと菜っ葉を敷いてみました。なかなか美味しかった。この料理は3回ほど挑戦した気が。またチャレンジしてみようかな。

見た目的には一番上出来のサラダ。ロケット(大根の葉っぱ)の上にバルサミコ酢で味付けした玉ねぎとベーコンの炒め物を乗っけたお手軽料理です。見た目の割に全然お腹いっぱいになりません。

そしてそして!カレーにも初挑戦!!「トマトスープが作れるようになったし、カレーとか楽勝だろ!」と思い挑んだのですが、ダメダメでした。まずスーパーに固形のルーが無い。意味がわかりません。危うく挑戦する以前の材料調達の段階で任務失敗に終わるところでした。幸運にも近所の韓国系スーパーで日本語表記の固形ルーをゲット、調理に挑む。ルーの箱に記載されている指示通りに進めようとするも、欲が出てしまい指示を無視、量を増やそうと3倍近くの水を投下したところ、「麻婆豆腐は飲み物です」よろしくとろ味の欠片もないサラサラカレーの完成。その後更に2回ほど挑戦するも、世間一般のあのとろっとしたカレーを生み出せたことはまだ一度もありません。今後の必達課題となっていますw 後日、日本の友達にSkypeで固形ルーの話をしたところ、固形のルーがあるのは日本だけで、普通は粉から作るのが世界標準だとのこと。「これが標準かつ世界レベル・・・ッ!レベルが高すぎる・・・ッ!!井の中の蛙大海を知らず・・・ッ!!!」と、カルチャーショックに衝撃を受け、恐怖に慄いた日となりました。カレーで。

これはつい先日、人生四半世紀の夜を迎えた日(正確にはその翌日)の夕食。ステーキにビールも用意したりして、ちょっと豪華にしてみました。この日はスーパーにこの食材の買い出しに行ったぐらいで、他には特に何もしませんでしたwあ、みなさん、Facebookでのお祝いの言葉ありがとうございました。

カリカリに焼いたベーコンを乗せ、その上からハチミツをかけたパンケーキに、目玉焼き、アボカドを混ぜたサラダ、そしてトマトスープ。一見朝食に見えるかもしれませんが夕食ですw

・・・Instagramを使うとド下手料理もこんなに美味しそうに!・・・最初から加工した写真を載せればよかったわー。

とりあえずアップできると判断したものはこんな感じですw 「オーストラリアにいる間に料理の出来る漢になったるわい!」と意気込んで始めたこのプロジェクトですが、どうみても先は長いです。みなさん生暖かい目で見守ってください。 次の料理写真アップはいつになるのだろうか・・・最近料理サボってるしなー。とりあえず未定ですw かつて料理ができなかった独身or一人暮らしのみなさん、ぜひコメント欄で苦労話を教えてください。

2012/09/03

日本語がヤバい

タイトルの時点で既にアレなわけだけど、今日は真面目な話。というのも、オーストラリアでの生活も今日でちょうど2ヶ月を迎えた今日この頃、自分の日本語の能力が急速に劣化しているのを感じている。特に喋りと執筆。つまりアウトプット。発話中や執筆中に言いたい言葉が出てこないという状況が頻発するようになった。英語での生活にドップリ漬かっているせいだろう。同時に、自分の英語が上達しているのも感じているため、ある意味好ましい状況なのかもしれないが、だからといって看過できる問題ではない。言葉が出てこないばかりか、文章の言い直しも多発するなど、非論理的・支離滅裂な日本語を話すことが多くなっている自分の日本語に大きな危機感と恐怖に近いものを抱いている。英語の底上げを図りに来たこの地で母語が劣化し、ほんの少し英語が伸びた一方で日本語がボロボロになって帰国するなんて結果になっては本末転倒もいいところ、何とも皮肉なことだ。日本語に触れる機会が減少するのは当然分かり切っていたことだが、自身でここまで客観的に問題視できるまでに大きく変化する事態は予想できなかった。

そして自分の日本語能力の劣化に気づいて以来、ある事実に気づいた。それは、ここで生活している日本人のほとんどが同様の問題を抱えているということ。恐らく彼らは気づいていないかもしれない。それか、気づいていたとしてもそれほど問題視していないかもしれない。この二ヶ月で既に多くの日本人と日本語で会話をしてきたが、彼らの発言の中にも、俺が今直面しているのと同様に、「あー・・・、あー・・・」と言葉を探している瞬間が多く観察できる。中には日本語の代わりに英語の単語で置き換えをする者もいる。ルー語的な。

これは多くの日本人にとっては大した問題ではなく、むしろ無視してもよい現象だと思う。片方の言語に偏った生活をしていれば当然そうなるし、何より意思疎通は依然として問題ないからだ。「英語を自分の仕事や趣味に活かしたい」という理由で英語を勉強しにきている多くのワーホリメーカーや、オージーの配偶者を持ちここに永住している日本人にとっては、英語だけに集中する方が良いに決まっている。むしろ、脳内の言語スイッチが切り替わりつつあることを表す症状だという解釈をするならば、好ましいとさえ言えるだろう。では何故俺がここまで危機感を抱いているのかというと、それは通訳者や翻訳者としての言語能力を考えるにあたって、当然として母語も高いレベルで保たれなければならないからだ。今のこの状況で日本語の能力を日本にいた時と同じ水準に保ち続けるには、これまで以上に集中して真剣に日本語の書籍を読まなければならないだろう。オーストラリアに来てまで英語ではなく日本語の本を読まなければならないとは、何とも皮肉なことだろう。

ただ、この問題に対する自分のこの認識が正しいかについては、今ひとつ自信がない。日本で長年英語を教えていた語学学校の教師に助言を求めると、彼は「こっちにいる間は日本語は一切忘れろ。今、お前がそう思い日本語の書籍を読む必要性に駆られているのは、日本に帰った後に同じ現象が今度は英語に発生するのをまだ知らないからだ。俺はその両方を経験したから断言できる。こっちにいる間は、読み書き、聞き取りから喋りに至る全てにおいて日本語を完全に忘れるように努め、今のうちに養えるだけの英語力を養っておきなさい。思考回路を完全に英語に切り替える努力をするべきだ」とアドバイスしてくれた。

危機感を抱いているとはいえ、それは母語なのだから日本に帰れば自然と回復するはず、というのが彼のアドバイスだ。そんなことを考える前に不十分な第二言語に全力で時間を注げということだが、確かにそうかもしれない。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うが、どうするべきだろうか。通翻クラスタの先輩諸氏に助言を仰ぎたい。

今のところは、そういう状況に直面していることもあって城山三郎の「落日燃ゆ」を読んでいる。こうした言語環境で日本語の書籍を読んでいるせいか、楽しく感じる。

一方で、仮に件の教師のアドバイスが正しく、即刻日本語の読書を中断する方が正しかったとしても、知識の習得についてどうすればよいかという問題が残る。自分はまだまだ世の中の全てにおいて知識不足だと思うし、それは通訳や翻訳をする上で致命的だろう。そのため、言語能力の向上とは別問題として日本語での読書を通じて知識の習得に励み続けるべきではないか、とも感じている。その場合、今の自分には英語での読書では効率が悪い。

こうしたことを考えると、日本に住むネイティブの通訳者や翻訳者が自らの母語(英語)のレベルを維持するのに普段から大変な苦労をされているだろうことが容易に想像できる。日本にいながらどのようにして日本語から「解放される」時間を確保しているのだろうか。興味深い。
改めて、通訳・翻訳という作業が要求する言語能力の高さを思い知らされている。

そして重ねて、何か少しの助言でもお持ちの方がいらっしゃれば、コメント欄ででもお聞かせいただけないかお願いしたいと思います。

もし、この記事が読者にとって、これまでに執筆してきた過去の記事に比べて、読むにあたってより多くの困難を強いるものになっているとすれば、これ以上に忸怩たるものはない。

2012/08/26

オージーだって戦隊モノが好きの巻

最初は「日本の番組は人気あるんだなー」と思いながらボーッと見つめていた。 しかし、そのまましばらく見入っていると・・・





んんん!?何だこれは!?日本の番組じゃない!ニセモノじゃねーか!
こっちのオリジナルの番組なのか!?・・・そもそもオリジナルと呼べるのか?w

どういうことかと思って調べてみたところ、日本製の番組だった(衝撃)。

ウィキペディア「パワーレンジャー」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC

ウィキペディアによると、これまで日本で放送されてきた戦隊モノを海外向けにリメイクし、「パワーレンジャー」として日本から海外へ輸出しているそうだ!しかも、このパワーレンジャーシリーズは1993年に第一作目が製作されていて、既に20年近い歴史があるとのこと。知らなかった・・・(;・∀・)そしてなんと、日本の戦隊モノと違ってパワーレンジャーシリーズでは全作品の世界観が繋がっているらしいw すげー。

他にも色々面白い記述が。
多民族国家であるアメリカの事情を反映して、性別・人種などが可能な限り均等になるよう配慮されて製作されている為、日本版には見られる「メンバー全員が兄弟である戦隊」を登場させる事が不可能となっている。
アメリカの子供番組では表現上の規制が厳しいという事情から、生身の格闘シーンでは攻撃時の効果音は金属音が使われている。また、日本版の映像が使われる部分でもかなり編集が行われている事が多い。例えば、相手の首を締め上げる・毒針を飛ばす・顔への攻撃などは全てカットされている。新規撮影部分も同様で、アメリカ側からの要請で、戦闘シーン全体を格闘技っぽくしてあるとのこと。こういう事情から、パワーレンジャー役の俳優はいずれも格闘技あるいはアクションの経験がある者が選ばれており、シンケンジャーをベースにした新作への出演者募集要項においても、「マーシャルアーツや体操の経験者を優遇」との項目があった
同様の理由で、日本版によく登場する露出度の高い女性幹部も露出度を減らした別キャラに置き換わる事がある。ストーリー上でも、血を流したり、たとえ悪役でも人間が死亡したりするなどは基本的には厳禁とされている(1話限りの悪者でも大抵は警察に連行されるなど、レンジャー達は直接手を下さない流れになっている)。そのため、日本版では死亡したドラゴンレンジャー、タイムファイヤー、シュリケンジャー、アバレキラーもパワーレンジャーでは生き残っている。一方、怪人・怪物は日本同様に普通に倒されている。
ドラマパートには現地の俳優を使い、当初はアメリカで、2002年以降はニュージーランドで新たに撮影している。戦闘パートは初期の作品では殆ど日本版を流用していたが、後に日本での撮影を終えたスーツやオリジナルのアイテムなどを使用して一部を現地で撮影するようになった。
基本的にはアメリカやニュージーランドで撮影をしてるっぽい。オーストラリアのテレビ局が日本の戦隊モノに影響を受けて完全オリジナルを製作してるのかと思っていたのだけど、違いました。日本では世界まる見えなどで紹介されたことがあるそうなので、もしかしたら知ってる人もいるかな??俺はこっちに来てテレビで見て初めて知ったよ・・・。ちなみに2006年の「パワーレンジャー・ミスティックフォース」ではキャストが全員オージーとニュージーだったとか。

公式ホムペもありました。今こっちで放送されているのは「パワーレンジャー・スーパーサムライ」。
http://www.powerrangers.com/

よく見ると各キャラの顔は「火」「水」「木」「土」「光」「天」などを模してますね。うーむw

アメリカで放送されるやたちまち大ヒットとなり社会現象となった。その人気たるや政治家がスピーチ会場にパワーレンジャーを呼び、人気取りをするほどだったという。特にグリーンレンジャー(ドラゴンレンジャー)登場編はアメリカの子供番組史上で最高の視聴率を記録した。本来は全40話で終了する予定だったが、この人気を受けて60話まで延長されこれ以降のシリーズ化も決定した。
玩具も大ヒットし、特にバンダイアメリカが1994年に発売した変形するヒーロー人形は1年で1600万個以上売れた。アーノルド・シュワルツェネッガー主演のジングル・オール・ザ・ウェイは、クリスマスにパワーレンジャーの玩具が入手困難になる現象に着想を得て製作された。
子どもが心惹かれるものというのは万国共通ということなんだろーか。

今月アメリカで開催されたパワーレンジャーのイベント(そんなんあるのかw)では詰めかけたファンがヒーローショーに大喜び。



テレビ番組は探してみれば他にも色々面白いネタがありそう。チラッと画面見るだけでこんな映像出てくるし。確かポケモンもやってたなぁ。ゾイドっぽいのもやってた。
こんな恥ずかしい文字、日本では看板にしません(ただし秋葉原を除く)。
とにかくまぁ、パワーレンジャーを初めて見たときはびっくりした。しかし、最後までこいつらの立ち位置だけはわからなかった・・・。
誰だお前らww
じゃあの!

2012/08/15

邂逅その2:Gene Thompson


大学時代の先生、ジーンとオーストラリアで再会するのは何だか変だった!2年ぶりの再会だろうか。オーストラリアに旅立つ少し前に仕事でブリスベンに出張に行く予定があるとの連絡を受けていたため、予定が合えば一緒に食事をしようということになっていた。ちょうど一週間前の今日、平日の夕方に会ってきた。

彼は元々キウイ(ニュージーランド人)で、これまで何度も仕事や私用でブリスベンに足を運んでいたようなので、どこか美味しいレストランに連れてってくれるのかな~と期待してたのだけど、「ステーキとワイン買って俺の部屋で食おうぜ!」と前日に提案され彼の宿泊先を訪ねることに。そしたらそこがもう死ぬほど洒落乙なアパートの高層階でびっくり。部屋が広いだけじゃなく、夜のブリスベン(サウスバンク方面)を30階の高さからテラスで一望できるというナイスなお部屋。彼は俺の母校の神田外語大学を経て現在は都内の某大学に務めているのだけど、出張ということでこの部屋の宿泊費の自己負担はゼロとのこと。その話を聞いた直後は「あんたいつの間にこんな出世したのよ・・・」と5分ぐらい震えが止まりませんでした。日本でも味わったことのない景色をバックにステーキとワインに舌鼓を打ちながら「よりによってこんなロマンチックな場所でする食事の相手が男かよ・・・!」と、彼に感謝しつつ不満を漏らすという何とも素敵な(?)再会の一夜を過ごしました。いや、それぐらい凄かったのよ、ホント。これを見たまえ!!!



六本木ヒルズでもこんな景色は眺められないんじゃないかなぁ・・・。宿泊先の手配を学校に任せていた彼もこのVIP待遇っぷりに驚いたそうなw

そして会ってビックリしたのは、かなりスリムになっていたこと!神田外語時代は恰幅が良くがっしりした感じだったからその変わりようが信じられなかった。現在の勤務先に移る前は神田外語大発の外語系他大学支援プロジェクトに携わり、広島の某大学でコンサルタント的なことをしていたのだけど、その間に毎日マラソンをしてスリムになったそうな。そういえばFacebookにRunKeeper(ジョギング支援iPhoneアプリ)の記録をせっせと投稿してたなぁ。俺も運動しないとな・・・。

再会の感激もそこそこに、腹ペコな二人は急いで近くのスーパーへ。買い出しではチーズやワイン、フランスパンを数ある銘柄の中からテキパキと選ぶジーン。普段のグルメっぷりを想像させるその手際の良さのおかげでお部屋に入る前からワクワクが止まりませんでした。
ステーキを焼いてくれたジーンさん
「ウマいステーキを食うには焼いた後に数分待つのがベストだぜ!」と調理中もグルメ思考バリバリで期待を絶頂にあおっておきながらも塩とコショウを買い忘れ味付けゼロで食わせるというお茶目な一面も発揮。

しかし、前菜にムール貝と白ワイン、メインディッシュのステーキには赤ワイン、その後はフランスパンにフランスチーズという、この夜景におあつらえむきの布陣に僕は見事にやられました。こうやって女を落とすのか・・・!と彼の真骨頂を垣間見た気がしました。メインディッシュでワインを替えるのがポイントなんですね、先生!

他にもあんなことやこんなこと、神田外語時代に俺らを教えていた際(6年も前だよ・・・)のぶっちゃけ話などを話すうちにあっという間に帰宅の時間となってしまった。教師と生徒の関係を超えてこうした付き合いができるって、良いなぁ。いい教師に恵まれたな~。やっぱり、色々と良い出会いに恵まれてますね、俺は。

ところで、教授とこんな関係を築くのって、外国人教師に限らずうちの母校では結構普通なんだけど(学生とはいえ酒も飲めるいい大人だしね)、他の大学ではどうなんだろう?この話はよく友達としてたんだけど他大の様子を知らないから答えが出ない。外語大だからこんなにフレンドリーなのかな?とも思ったり。東大とか歴史ある学校でも割とフランクな関係があったりするんだろーか。

楽しかった!お代もワイン代を除いてご馳走になってしまった。ジーン、ありがとう!また会おう!!!

2012/08/13

邂逅その1:丸岡さん&石亀さん

Facebookの方では既に写真を投稿済みなのでご存知の方も多いかもしれませんが、先月28日、ついに丸岡さんとご対面することができました!当日はクイーンズランド大学にお邪魔し、日本滞在時からお誘いを受けていた丸岡さん主催の通訳セミナーに参加してきました。

丸岡さんのことはマミねーねーを通じてツイッターでご紹介を受けたのがきっかけ。出発直前、6月末にマミねーねーの自宅で開催されたホームパーティーでSkypeのビデオチャットを通して画面越しに初対面。モニター上で初めましての挨拶を交わすというちょっと不思議な体験でしたw お会いできるのを楽しみにしてたから、無事にご対面を果たせた時は嬉しかった。
6/23 PC画面に映ってるのが丸岡さんw この時初対面。この一週間後ぐらいに坊主に。
セミナーは「社内通訳・翻訳の仕事」という題目で、オーストラリアに移住後フリーランスとしてお仕事をされている女性通訳者の方が、日本国内の某製薬会社で社内通訳者としてキャリアを重ねていた際に得た経験や教訓をもとに、これから通訳デビューを考えているプロ志望の人を対象にアドバイスなどを語ったものでした。日本ではもっと実務的なセミナーを受けていたから勉強になった。

このセミナーはUstreamを通してリアルタイムで配信されていたようで、いつもお世話になっている通翻クラスタの方がネット越しに質問をされていた。日本で通翻関係のセミナーに参加していた際は、いつもは海外在住の日本人通翻訳者の方がチャットで質問をされるのが普通だったため、これまたなんだか不思議な感覚だった。未だに外国にいる気がしないのだけど、この時は物理的な距離を感じたなぁ。

セミナーの他の参加者は殆どがクイーンズランド大学の通訳翻訳課程(MAJIT)でみっちり勉強をされている学生ばかりで、セミナー終了後はお話することができた。
その際に丸岡さんのお話を伺って興味深く思ったのが、「通訳や翻訳に対する世間や企業一般の考えは日本以上に浅く、待遇も厳しい」というものだった。「英語ができれば通訳や翻訳なんてできるでしょ」的な考えがより一層強いらしい。
これまでツイッター上で通訳や翻訳に対する日本での世間一般の認識の甘さが通翻訳者たちの間で度々問題視されるのを見てきたから、英語が公用語のオーストラリアではもっとマシな状況なんじゃないか・・・と勝手に予想していたのだけど、まるっきり逆の話でびっくりした。

けど、よく考えたら、歴史的に移民の国だし、むしろ移住してくるよそ者達がこっちの言語に合わせて英語を習得するわけだから「英語なんてチョロいぜ」的な考えが強くなるのも当然だろうという話でした。日本みたいに国をあげて英語学習に躍起になって必死に勉強する(しかし誰も話せないという・・・)という現象が起こってないから、「英語が難しい」という認識自体がそもそも低くいため「英語ができればあんたの母国語で通訳(翻訳)できるでしょ」という考えがより一層強いのだとか。「ここでゼロから勝負しようっていうフリーランスは厳しいんじゃないかなぁ」という丸岡さんの言葉がとても印象的で、この日はとても良い勉強になった。日本のように翻訳者や通訳者同士が集まるリアルのコミュニティが無いために、プロ同士の交流が乏しいという話も興味深かった。通訳翻訳課程(MAJIT)の学生のみなさんからは刺激を受けました。

交流会終了後には一悶着あったのですが(笑)、その後丸岡さんがGrill’dというハンバーガー屋さんに連れていってくださり、ご馳走になってしまった!オーストラリア初の外食は大変美味でした。(トップ写真参照)

写真右が丸岡さん、奥が石亀さん。石亀さんはオーストラリアの某IT企業で社内翻訳をされているとのこと。JAT(日本翻訳者協会)の会員としても活動されているそう。石亀さんのことは失礼ながら全く存じ上げてなく、交流会の場で初めてお会いしご挨拶させていただいたのだけれども、彼は俺のことを以前から知っていてくださったようで驚かされた。なんでも、Facebook上で他の通翻訳者の方の「イイネ!」などを通して俺の写真や投稿が目に入っていたそう。「確か沖縄の方ですよね・・・?」と石亀さんの方からお声をかけてくださった時は、改めてネットの凄さ(怖くもあったけどw)を実感しました。

日本では何度もJATのセミナーに足を運んで勉強させてもらったけど、微々たることでもやっておいてよかったなーと感じた。まさかプロでもない俺のことをお会いする前から知ってもらえるなんて・・・と感激した出会いでした。その他にも、交流会のメンバーの中に高橋さんの会社員時代の同僚がいらしたりと、「世の中せめえ・・・」と思うことしきりで、ますます外国にいる実感の薄れる日でありました。

丸岡さん、この日はセミナーに呼んでいただきありがとうございました。ハンバーガー、ご馳走様でした。

2012/08/01

オーストラリア第一週目:ホステルでの日々

オーストラリアでの最初の一週間は忙しかったけど、楽しい時間も多くあった。ホステルで友達ができるなんてまったく期待してなかったけど、ラッキーなことに日本人の女性を見つけ、彼女をきっかけに外国の友達をつくることができた。バックパッカーはやはり人種のるつぼといった感じで、俺が滞在中に見ただけでも、イギリス、カナダ、ドイツ、ベルギー、イタリア、フランス、パプアニューギニア、韓国、中国、台湾と世界中から多くの人種が集まっていた。俺が特に仲良くなれたのはフランス人。リュック一つで世界中を旅する人々が滞在するバックパッカーは毎日出入りが激しいからなかなか多くの時間を共に過ごすのは難しいだろうと思ってたのだけど、彼らが長く滞在していたおかげで(まだ残っている人もいる)仲良くなることができた。

新しい物事や人々との出会いは自分にはない考え方やアイディアをくれるからいつも新鮮で楽しい。異国の地で異国の人々と交わす会話は偏見や固定概念にとらわれずに物事を考えることの大切さを教えてくれる。生まれてこのかたずーっと日本にいたから、自分の思考回路や価値観が凝り固まっていることに気づかされることがこれから沢山あるんだろうなー。彼らの質問を受けて日本についてまったく知らないことに気づかされたり(わかってたことだけど)。そしてそういう質問をされると、俺は日本人として見られていて、そして今外国にいるんだなーと気づかされる。この感覚は大学進学のために地元沖縄を離れ内地(本土)に上京した際、周囲のないちゃー(沖縄出身者以外の日本人)たちに色々な質問をされた時のそれに凄く近い。あいつら「沖縄ってカラオケあるの?」「パスポート必要なんでしょ?」とか平気で聞いてきやがるからな・・・。田舎者丸出しだった大学一年生の頃は本当に周囲の先輩や同級生にこんな質問をされてました。マジで。しかも冗談には聞こえないトーンで聞いてくるんです・・・w お前らいい加減にしろ!と内地で暮らす沖縄人は思ってますよ。・・・このブログの読者の大半を占めるであろうないちゃーに若干喧嘩を売るような書き方をした気がするけど知りませんw
まぁとにかく、ここで友達が作れてラッキーでした。周囲を眺めるとやっぱり同じ人種同士集まるみたいなので、こうしてフランス人と仲良くなれてよかった。
そして、ホステル滞在中に学んだある意味大事なことは、外国人連中の寿司への愛w寿司が外国で人気なのは誰でも知ってるはずだけど、まさかここまで好きだとは思いも寄りませんでした。街にも持ち帰り専門の寿司屋がたくさんある。しかもそこに列作って並んでやがる。どんだけ好きやねん。多分日本人以上に好きです。外国人のこの寿司好きは日本にいたら知れなかったことだと思うw 地味に重要なことを学びました。内地に出たことで地元沖縄を客観視できたけど、やっぱり外国に出ないと日本のことはわからないね。
この日は日本人女性の提案で巻き寿司パーティーをしたのだけど、彼らは食べるのにも増して巻く方をエンジョイ。一人一本以上巻いてます。こんなに巻いて誰が食うねん。日本だと寿司は寿司屋で食べるのが普通だから、巻き方を教えるのに苦労したなぁ。
寿司カルチャーとグローバリゼーションについて説明中

ていうか俺も初めて巻いたわ!

包丁がうまく切れない。 
初心者にありがち:欲張りすぎて食材がはみ出る




そして折り紙!折り紙には絶対に食いつくだろうと思い日本から持ってきていたのだ。
しかしまさか2時間以上も引っ張れるとは思わなかったわ・・・。


日本はどこもかしこもアルファベットだらけで何となくアメリカの価値観に洗脳されてる気がするから、こうして非英語圏の人たちと交流できるのは本当に嬉しい。彼らが何をどんな風に考えているのかを知るのはとても大事だと思う。イスラエル人とかとも話してみたいなー。しかし彼らはフランスとフランス人が嫌いだとしきりに言ってくるせいで俺の中のフランスの華やかなイメージがどんどん崩れていくw 俺が地元を離れて内地で過ごしたことで地元や沖縄人の考え方に疑問を持つようになったのと同じように、彼らも母国を離れていろんな人と交流する過程で見えるようになった部分があるのかもしれない。

日本の女の子の写真のマネをするロビン(右端)
この日は美味しいお寿司を食べたわけだけど、普段は質素な食事をとってます。外食はべらぼうに高いので自炊をしようと頑張っているのだけど、なにせ今まで全く料理をしてこなかったもんで毎日悪戦苦闘です。調理と言えば、①ボタンを押す ②お湯を注ぐ の二つしかアビリティをマスターしていなかったので、「オーストラリアにいる間に料理のできる漢になったるわい!」と、これも自分を磨くチャレンジ花婿修行のつもりで頑張ってます。


ホステルに滞在していた間は毎日3食パスタw 大学時代からSkypeでやりとりをしているロシア人の友達にこれを話したら、わざわざ俺のためにレシピを作りメールで送ってくれた!おかげで茹でたパスタにトマトソースをかけるだけの地味な料理だけでなく、ヒレ肉とマッシュルームとミルクを使った美味しいパスタも調理できました(結局パスタかい)。まぁ料理できない男はパスタっていうか麺を食べるしかないよね・・・。
彼女が美味しいパスタのレシピをくれなかったら毎日トマトソースのパスタを食べてました。しばらくパスタはいいかな。

今の家に移ってからは、毎日ジャガイモ!w
ポテトロスティという料理のレシピに挑戦してるんだけど、何回やっても同じように作れない笑 でも味は美味いよ!
サーモンを切らした後はひたすらジャガイモを炒めて食べてます。

3日前の朝食。
なかなかいいダイエットになってる気が!!お菓子もあんま食べてないし。果たして帰国時の俺の体重と見た目はどうなっているのか・・・!?
このブログでは料理の写真もアップしていきたいなー。誰か簡単に安く作れるレシピがあったら教えてください!

ではまた!じゃあの!!

2012/07/12

滞在10日目だが外国にいる気が全くしない件

こっちに移って10日余りが経った。2日に入国して、国内線に乗り換えブリスベン入りしたのが3日。到着直後からしばらくは結構バタバタして焦っていた。
というのも、日本では3日~7日の5日間のみしかホステルの予約をとらずに入国していたため、その間に新居を探す必要があったのだ。当初は語学学校の提供するホームステイを利用しようと思っていたのだけど、高すぎて断念(一ヶ月に10万円も取られる!)。「普通の人には絶対にオススメしないけど、証さんなら『多分』大丈夫」という日本ワーキングホリデー協会の担当者からのアドバイスに賭けて入国していたのだった。9日から語学学校での2ヶ月間の授業が始まることになっていたから、つい最近まで「学校が始まるまでに家を探さないと・・・」と結構ヒヤヒヤしながらホステルで過ごしてました。

結果的には、市街地から徒歩30分圏内の場所にいい物件を見つけることができました。今はコロンビア人2人、フランス人1人、中国人1人と韓国人1人の計5人と共同生活を送ってます。この家で過ごすのは今日で5日目かな。この記事も今その家で書いてます。

語学学校での生活も今日で4日目を迎え、だんだん生活リズムが落ち着いてきたのだけど・・・全く外国にいる気がしない!!ちょっとショック。なーんか、関東から車で数時間程度離れた日本国内の別の場所で過ごしてるような気がするんだよねえ・・・。沖縄の米軍基地の中で生活してるかのような。イマイチ刺激を感じない。なぜなんだろーか。もしかしたら、関東と変わらないぐらい発展した都会に身を置いているからかもしれないなぁ。ブリスベンの市街地は東京と変わらないぐらい発展していて、何でも揃ってる。・・・入国した初日から「何コレヤベー!!!!」っていう衝撃を1メートル毎に受けるのを期待してたんだけど>< 

外国っぽさを感じる建物は沢山あるんだけどねえ・・・。
ブリスベンの市街地


 もちろん、面白いなーと感じることもいくつかありましたよ。例えば・・・

横断歩道の注意書きの歩行者がやたらマッチョなオージーだったり。オージーは骨太すなぁ。ハルクかお前ら。


やたら肩身の狭そうなエレベーターの男性。
そして「Lift」の文字。入国して最初に触れたブリティッシュイングリッシュ!国内線のターミナルでこれを発見した時には「もうオーストラリアにいるんだなー」と感じました。 


面白かったのが、スーパーのバナナにプロテクターが装着されてたことw
先端についてる赤いやつがプロテクター。薄いゴムだった。 


そして天気予報がやたらカッコいいね!


ここ数日のブリスベンは雨続きです。
6つの州と1つの島を領土に持つオーストラリアの天気予報では、最初に州ごとの細かい天気を見ていって、最後にオーストラリア全体のその日の天気を確認します。 

そうそう、ちょっと意外でびっくりしたのが、想像していた以上に自分の英語が通じる&相手の英語が理解できるということ。入国する前は自分の英語は全くダメダメでなーんも通じない上に相手の英語も全く聞き取れないだろうなーと思ってただけにちょびっとびっくりした。・・・まぁ、これだけ長いこと英語勉強してて全く通じなかったら通訳とか言ってる場合じゃないだろって感じなんだけど。日本でしか勉強してなかったからコミュニケーションに苦労するだろうと思ってた。けど、銀行の口座開設もスムーズにできたし、英語が通じる国であればとりあえず住む分にはどこに行っても苦労しないレベルの英語力が今の自分には備わっているだな、という客観的な感触を得ることができました。もしかしたら、これこそがまさに「外国にいる感」を得られない原因なのかも。これについてはもっと色んな場所に行ってみないとわからんなー。ド田舎に行って方言バリバリのオージー英語を聞いたら外国感を感じるかも。入国10日目にして既に若干退屈気味なのでどこかブリスベンの面白い場所を知ってたらコメントで教えてくださいw

今日のところはここまで!次回はホステルでできた友達との写真でも貼ります。ネタは色々あるからちょこちょこ書いていくようにします。日本では見られないものを発見するたびに写真を撮ってるしね。今後しばらくは今日の記事のような「ちょっとしたカルチャーショック」を紹介していく感じになるかも。せっかく人生初の海外生活を送ってるんだから、普段から目を尖らせて些細なことにも気づけるようにして、そこから何かを感じ取ったり考えたりすることができたらいいな~と思ってます。 じゃあの!

2012/07/03

感謝感謝ってあんまり言いたくないんだけどさぁ・・・

「出発前に記事書くよ!」と散々言いふらしてたくせに、初の海外長期滞在ということもあって部屋の片付けが遅々として進まなかったせいで(80Lのバックパックじゃ入れたいものが全然入らん!)、結局出発前に記事を書くことができなくなってしまった。みんな、ごめんw 今、この記事は成田空港行きのリムジンバス・・・とジェットスターの機内で書いてます。でもよく考えると、これってかなりノマドですね。前のブログでも記事は殆ど外出先で書いていたけど、今後はこれまで以上にノマドを実践していくことになりそう。楽しみ。
タイトルのことなんだけど、俺は性格がひねくれた人間だから、感謝の気持ちを普段からしょっちゅう言いまくってるような人間には、どうしても「言うほど感謝してねーだろ!」と心の中で思ってしまう。なんか、その言葉を口に出して言えば言うほど安っぽく聞こえるんだよね。だから、今の自分が周囲に対して抱いているこの感謝の気持ちを客観的に考えると、そんな自分の性格との矛盾に嫌でも気づかされて自己嫌悪に陥ってしまう。「みんなありがとう!でも悔しい・・・!ぐぬぬ///」みたいな笑。 煩悶している。 それぐらい、日本を離れる気持ちを固めてから今日に至るまでの間に、数えきれないぐらい、今の自分が多くの人や状況に支えられているということに気づかされた。その事実と気持ちをまず最初にこのブログに書いておかないと、きっとダラダラ過ごしてしまうし、これだけの支えに感謝の気持ちを述べておかないのは最低だ。・・・ああ、だんだん嘘っぽく聞こえるw

1. 通翻クラスタの先輩たち
ツイッターを通して知り合うことができた、通訳者・翻訳者、コーディネーターのみなさん(通称通翻クラスタ)。人生の先輩たち。勇気を出して飛び込んだオフ会をきっかけに、リアルでの関係にまで発展させていただけた。彼らは同業者たちとの交流や情報交換を基本的な目的としてツイッターをやっているから、本来はプロでもないただの小僧の俺なんて相手にしなくても良いはず。むしろ時間の無駄でしかない。それにもかかわらず、いつも嫌な顔一つせずに、俺の無知な質問にも気さくに応えてくれる。俺がブリスベンやメルボルンに行く予定だと話したら、現地に滞在されている翻訳者を紹介してくれ、紹介いただいた方には「ブリスベンで通訳セミナーやるからおいでよ!」と誘ってもらったり、現地での携帯電話番号を手渡してくれた。

その上、つい最近はわざわざ俺のために(本当は違うかも・・・w)、スイーツ好きの女性翻訳者数名がスイーツ送別会を開いてくれた。「15時から仕事があるから途中まで参加します!」と忙しい中来てくださった方もいた。正直、「何でここまでしてくれるの?おかしい。」といつも思ってる。そう思うぐらい本当によくしていただいている。通翻クラスタの先輩たちは殆どがフリーランスだから、24時間、いつでも自分の裁量で好きな時に仕事をされている。つまり、逆の言い方をすれば仕事をしていない間は機会損失が発生している。わざわざそんなコストを支払ってまで、俺のあの長ったらしいブログを読んでくれたり、俺のために送別会を開いてくれたり・・・。

自分が目指している人生を走っている先輩たちにこんなに良くしてもらっている俺は、本当にラッキーだと思う。


メルボルン在住の@au_amanekoさんの一時帰国に合わせたホームパーティー。電話番号を頂いた。ブリスベンの丸岡さんにはSkypeでご挨拶させていただいた。「向こうでも通(翻)訳者に会えたらいいな・・・」と密かに期待していたから、旅立つ前からこうして繋がりを持てたことは嬉しい。


ホームパーティーの場でお菓子が好きだと話したら送別会としてスイーツ会(女子会)を開いてくださった。大人の女性の女子会に男一人(もはや男の子でしかないw)で参加したからちょっと緊張した笑
いままで同業者向けのオフ会に俺が飛び込む形で先輩たちとお会いすることは何度もあったけど、この時は俺のために、しかも彼女たちの方から企画して集まってくださったから、本当にびっくりした。ありがとうございます。


以前沖縄で活動していたことから、自ら「ねーねー」と名乗り姉貴分としていつも俺の面倒を見てくれるマミ姉さん。感謝してます。

2. 友人たち
友達たちも俺のために送別会を企画してくれた。俺はいつも、空気なんてものはある意味壊すために存在するものだと思ってるから、好き勝手な言動を見せてる。人より好き勝手にしてるから、その分人を傷つけるような言動も沢山見せてきたと思う。だから、こんな俺のために自ら幹事を買って出て会社員として忙しく働きながら送別会を企画してくれて、そしてそれに20名超も集まってくれたのは今でも信じられない。あの場でも、「みなさん今日来る場所間違ってませんよね!?大丈夫ですか?」と冗談で確認したほど。中には、数年前にたった一度mixiのオフ会で会っただけにもかかわらず、餞別を渡すためだけに予定の合間を縫って顔を出してくれた方もいた。ありえない。本当にありがとう。



そして、これは今でも理解不能なんだけど、なぜかみんなから山ほど餞別を貰った。なぜか花束までw 送別会をやるのはまだわかるけどさ・・・。別に俺結婚したわけでもなく、たかだか一年か二年日本を離れるだけなんですけど!?むしろ大学の友達の間では海外生活を送ったことのないやつの方が珍しいぐらいで・・・。なんかもうハードル上げられ過ぎてマジ怖い。花束を受け取った瞬間、「あ、これはもう下手な理由では帰れないな」と悟った。幹事のニッシー、ちりこ、そして来てくれたみんな、ありがとう。

3. 家族、母親、師匠、高校時代の先生
高校選びも、大学進学のために沖縄を離れることも、会社を辞めることも、そしてオーストラリアに旅立つことも、全部自分の意思で決断してきた。やりたいことや目標のために。これだけ並べてみれば、自分一人で人生をカッコ良く切り拓いているかのように見えるけど、それらを実現できたのも支援してくれた人たちがいたからこそ。通訳という世界を初めて知ったのは、あらかじめ学校から提示された選択肢を無視して、希望欄に「通訳・翻訳」と書いた俺のイレギュラーな紙を真面目に対処してインターンシップ先を探してくれた高校時代の先生のおかげだし、彼女が後に俺が師匠と呼ぶことになる通訳者に出会わせてくれた。そして、師匠を通して、通翻クラスタの先輩方と繋がりを持つことができた。
そうした全てに一切口を出さず、「あなたの人生だから」と見送ってきてくれた母親。今日、叔母の家から空港へ出発する直前の電話で「母親としては安全に生きてほしいけど、危険な道を選ぶのもあなたの人生だから、夢のために頑張ってね」と言われた時には涙が出そうになった。俺は決して生きているのではない。生かされているのだと思う。長年居候させてもらっていた叔母にも何度も迷惑をかけたと思う。一人っ子で片親で育てられたから、家事をすることを全く知らなかった。そのせいで何度イライラさせたかわからない。早く経済的に自立したい。自分のやりたいことでメシを食えるようになりたい。それがどれだけ難しいことか。俺はもっともっと努力しなきゃいけない。

4. 今のこの時代にこの年齢で生きているという事実
ツイッターやFacebookといったネットのサービスが登場し、ネットでも実名で行動することが当たり前になってきた今の時代。もちろん、メリット・デメリット両方あるけど、俺がこの状況から受けている恩恵は計り知れない。ツイッターがなかったら俺はマミねーねーをはじめとする先輩方と出会えていないし、師匠のことを師匠と呼んでいないだろうし、業界のことも今以上に知らなかった。IJETやJTF翻訳祭なんてイベントの存在も知らなかっただろう。今では、今日という時代のおかげでこうしたイベントを知り、参加することができているし、参加できない場合でも自宅からライブ中継を通して勉強させてもらうことができている。
俺が周りの友達たちにことあるごとに「ブログ書け!」とか「ツイッターでもっとガンガン自分から知らない人と絡んでいかないと!」と言っているのはこうした理由から。俺の周りにも、正社員の道を選ばずに目標のためにもがいている奴らが沢山いるから、こうした時代の流れを理解して積極的に活用して欲しいと強く願っている。俺たちは素晴らしい時代に生きている。しかも、30代でも40代でもなく、20代前半という年齢で。だから、俺は今のこの時代にこの年齢で生きているという事実に感謝している。理不尽な処遇に遭う可能性は限りなく希釈され、後は己の努力のみの世界になりつつある。

オーストラリア。ワーキングホリデー。期待ももちろんあるけど、不安も大きい。通訳者や翻訳者になるという目標を達成するために俺なりに考えて選んだ選択肢だから、今の自分に足りないものを獲得できると睨んで下したこの決断にはそれなりに自信を持っている。・・・けど、やっぱりそんなかっこいいこと言っても不安だよー! だって人生初の海外暮らしで一人ぼっちだし。色んな不安がある。特にお金。そういう気持ちが大きかったから、出発数日前には、色んな人に「もしたった一週間で涙目になって帰ってきたら、その時は何も言わずそっと俺を抱きしめてくれ」なんて冗談ぽく言ってた。今考えると、これは保身の言葉で、本当にそうなった時の逃げ道を作ろうとしていたのだと思う。
でも、今さらそんな根拠の無い不安についてうだうだ悩んでてもしょうがないんだと気づいた。もうこの日が来ちまったんだから、今日までの時間を後悔しても時間の無駄だ。あとは向こうでどうにかするしかない。やるしかない。でもその代わり、もし本当に、一週間後、あるいはたった一ヶ月で帰って来るようなハメになった場合には、そのこと自体を、胸を張って、決して卑屈にならず、笑い話として送り出してくれた仲間や先輩たちに報告できるようにしよう。そう思った。今のこの条件でベストを尽くして不安と闘うしかない。やれることは全部やる。それでも駄目なら、それでいいじゃん。やれることをやり尽くしたなら、きっとどう転ぼうが納得できるはずだし、堂々と帰国できるはずだと思う。それを実践するには、これまでの24年の人生で形成されてきたガキの貯金のようなプライドを捨てなきゃいけないだろう。

・・・多分、この考え方はきっと男として人生で重要な考え方で、今の俺に不足している部分じゃないだろうか。通訳、翻訳、英語に関係なく、このワーホリでは人生で大事な教訓にも目を向け、学びとっていきたい。 俺は色んな人や環境に支えられている。それらを裏切るようなことは絶対にしてはいけない。常に誠実でありたい。これから直面するであろう困難の過程で、くじけそうになったり、だらけそうになったりした時にそのことを思い出し、自分を奮いたたせるために、現地での活動を開始する前にまず先にこの記事を書いておきたかった・・・のだけど・・・ww

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