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2012/12/31

NAATIについて調べてみた~認定制度編その3~

過去二回の記事のまとめ。
NAATIについて調べてみた~認定制度編その1~
NAATIについて調べてみた~認定制度編その2~

翻訳者あるいは通訳者としてNAATIの認定資格を取得する手段は五つ存在するが、それぞれ取得できる資格が異なっており、自分の好きな手段で好きな認定資格が得られるわけではないことに注意する必要がある。また、かなりハードルの高い申請条件が設置されているものもある。
これらを踏まえた上で整理すると、

NAATI指定校の翻訳(通訳)課程を終了する>認定試験を受ける>その他の方法で申請する

この順番でNAATI認定資格取得を目指すのが最も簡単(合理的)であるということになるだろう。全体的な統計がホームページ上に掲載されていないためハッキリしないが、2010年~2011年の年次報告書のデータを見る限りでは、この期間に認定を受けた翻訳者(通訳者)の67%が指定校経由での認定取得となっており、次いで認定試験受験による認定取得が30%となっている。残りがその2の記事で挙げた3,4,5番目の方法による認定取得になるが、それらが全体に占める割合はたったの3%となっている。このことからも、上述した順番での認定取得が一般的であることが窺える。

ちなみに、認定試験の試験要項末尾には言語別に試験に関する特記事項があり、日本語の試験については以下のように定められている。
  • 漢字は常用漢字1945字のみ使用可能、旧字体の使用不可
  • かな表記は現代仮名遣いに準拠
  • 筆記は楷書によること、草書体は不可
  • カタカナの表記は研究社「新和英大辞典 第4版」で定められた再修正ヘボン式に準拠
  • 言語は標準語を用い、方言やスラングを使用しないこと(翻訳試験・通訳試験)
また、規定に沿わない「異なった文字や仮名遣い」は採点の対象から除外されるとまで記されている。なかなか細かく定められていて驚いた。

少し脱線するが、個人的に気になったのが「方言やスラングを使用しないこと」の部分。これは以前から考えていたことなのだが、私の場合、将来通訳をするにあたって訳出の面で沖縄で育ったことがいつか障壁になるのではないかと小さな不安を抱いている。というのも、沖縄の言葉遣いには方言とは別に沖縄独特の日本語表現というものがあり、字面は日本語なのだが、そのような言い方は内地(本土)ではまったく使われない、というものがかなりある。しかも、沖縄人のほとんどはそうした表現は内地でも通じる一般的な表現だと思っている。たとえば、
  • クーラーが「逃げる」(冷気が窓などから出ていくこと)・・・「クーラーが逃げるから窓閉めて~」など
  • 洋服を「つける」(衣類は全て「着(つ)ける」で表現する)
  • 水を「こぼす」(意図的に捨てること。日本語の「こぼす」は不注意によるものらしい)
  • 「~しましょうね、~しようね」(日本語ではLet's、お誘いの意味だが沖縄ではただの報告)・・・「じゃあ帰りましょうね~」(=いっしょに帰ろうという意味ではなく、さようならの意味)」
私自身、このような表現が沖縄独特のものであるということは、FM沖縄の「辞典には載っていないウチナー口講座」で大学生時代に初めて知った。

こうしたことを考えると、試験官はこういった些細な言葉遣いを厳密に発見し採点に反映させることができるのだろうかと疑問が浮かんでくる。その1で紹介した丸岡さんの記事でも指摘されているが、採点者は同レベルの通訳者・翻訳者が務めることになっている。受験者の解答が常用漢字1945字のみを使用し、研究社の再修正ヘボン式に則ったものになっており、そして方言やスラングを使用していないか、文章や録音データを一つ一つ確認するのはそう簡単ではなく、採点にかなりの時間を要するように思うのだが・・・。

以上、かなり大雑把ではあるが勉強も兼ねて認定制度について目立った箇所をまとめてみた。誰かの役に立てば良いのだが・・・。

NAATIについては今後も継続的に記事にしていく予定(予定…)なので、こういう点を調べて欲しい、という要望などがあればお知らせください。ご期待に応えられるかは不明ですが(^_^;)

NAATIについて調べてみた~認定制度編その2~

前回の記事では、認定試験によるNAATIの認定資格取得について確認した。今回は、それ以外の

2.オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳(通訳)課程を修了する
3.オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)の資格で申請する
4.国際的なプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明を行う方法
5.突出した実績を証明する方法

についてみていく。

前回の記事では、翻訳・通訳両方の認定資格において、試験制度では取得できないものがあることがわかった。そこで、上に列記した2~5番目のいずれかで認定申請を行う場合について、それぞれの資料を読んでみると、これらの申請方法であればConference Interpreter(シニア含む)とAdvanced Translator(シニア含む)の認定が受けられる旨記されている。やはりこれらの資格は認定試験の受験では取得できない仕組みになっており、認定資格自体が廃止されたり統合されたりしたわけではないようである。
では、1つずつ見ていく。

2.オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳課程あるいは通訳課程を修了する
日本語の翻訳・通訳(もしくは両方)認定が受けられる学校はオーストラリア国内に現在16校あり、来年2月からはメルボルンのモナシュ大学でもNAATIの指定を受けた翻訳・通訳課程が始まる。これらの教育機関で翻訳(通訳)課程を修了した学生は認定試験を受験する必要のなく各教育機関毎に定められたレベルの翻訳者(通訳者)認定を受けることができる。
NAATI指定一覧はこちら(2012年11月現在)。

3.オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)資格で申請する場合
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator
  • Professional Translator
  • Conference Interpreter
ただしこの方法による申請の場合、オーストラリア国内で翻訳(通訳)課程を修了した場合(方法2)と異なり、当該教育機関での資格取得(課程修了)イコールNAATI認定取得にはならないと記載されており、同じ教育機関から複数の生徒が申請を行うようなケースでは、各人の実務経験なども別途加味した上で査定を行うため、申請が通るかどうかの結果は一人一人異なると明記されている。

4.国際的なプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明を行う方法
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator(シニア)
  • ---国際会議翻訳者協会(Association Internationale de Traducteurs de Conference)をはじめとする協会の加盟会員に付与される認定資格。
  • Professional Translator
  • ---翻訳の学位を取得している英国公認言語学会(Chartered Institute of Linguists)会員に付与される認定資格。
  • Conference Interpreter(シニア)
  • ---国際会議通訳者協会(Association Internationale des Interprètes de Conférence)会員に付与される認定資格。
他の方法と同様、この方法による認定申請も関係書類(会員証明など)の提出によって査定される。

5.実績証明
この方法で取得できる認定資格は以下。
  • Advanced Translator(シニア)
  • Conference Interpreter(シニア)
「突出した実績を証明する」だが、資料によると、
Advanced Translator(シニア)
  • 申請の時点で最低でも過去5年以上に渡り国連関係機関、欧州連合(EU)、インターポール、国際司法裁判所、NATOで常勤翻訳者として働いた実績のあること、あるいはフリーランスとして以下全てを満たすこと
    1. ヨーロッパ言語またはアジア言語への100万語以上の翻訳実績、または1ページ25行ダブルスペースの様式で4000ページ以上の翻訳実績があること。またそれらの実績が申請者自身の活動のみによって達成されたものであることをバンクーバープロトコルに基づき法的に宣言すること
    2. 査定用にAdvanced Translator以上の基準で訳出した翻訳文書を3つ提出し、それらの実績が申請者自身の活動のみによって達成されたものであることをバンクーバープロトコルに基づき法的に宣言すること
Conference Interpreter(シニア)
  • 申請の時点で最低でも過去5年以上に渡り国連関係機関、欧州連合(EU)、インターポール、国際司法裁判所、NATOで常勤通訳者として働いていること、あるいは
  • フリーランス会議通訳者として国際会議、セミナー、政府による多国間協議に150日以上従事していること

これらが認定に必要な実績の目安として定められている(他にもそれら実績の証明方法に関わる規定がある)。かなり厳しい条件のように感じる。

ある同時通訳者は、ミス・ユニバースで通訳を務めてきた経験も、同時通訳者としての15年のキャリアもNAATIの認定取得には全く役に立たず、泣く泣くProfessional Interpreterの試験を受験するしかなかったと嘆いている。しかもこの同時通訳者は不幸なアクシデントのおかげで再受験するハメになったようだ。

ここまで具体的に明記されていると、たとえどれだけ知名度の高い国際的なイベントや会議でも、ここに明記されている機関以外での活動は「突出した実績」とはみなされないということかもしれない。

このように、申請する方法によって取得できる認定資格がかなり細かく区別されている。

NAATIについて調べてみた~認定制度編その1~

今月はじめに師匠に招待され、シドニーで開催された通訳者・翻訳者向けのAUSITカンファレンスに参加した。その際に、「自分のためにもなるからNAATIについて調べてみたら?というか調べろ。」と命を受けたのでまずはNAATIの認定制度を中心に調べてみた。

オーストラリア政府公認の下、翻訳者・通訳者の認定を行ない、政府公認のプロとしてお墨付きを与えているのがNAATIという団体。団体の目的と制度については「翻訳・通訳業界に資格試験制度は必要なのか?」という記事で翻訳者の丸岡さんがかなりわかりやすい説明をされている。

彼の記事によると、NAATIは1977年に当時の移民省という部門に設置されたそうだ。私自身でも認定制度と併せて組織の沿革なども調べようと思ったのだが、NAATIの公式サイトには「コモンウェルス(連邦政府)、州政府、領政府の共同で運営されており、2001年会社法(Corporations act 2001)でその設置が定められている」と軽く触れられているだけで、組織の沿革に関する具体的な情報や資料はあまり掲載されていない。 この記事では自身で確認できた範囲でまとめていく。

NAATIの目的
NAATIは組織の目的について、「コミュニケーションの多様性に伴う需要の変化に応えることによるオーストラリア社会の統合と参画強化」を掲げており、以下をその主たる方策としている。
  1. 通訳と翻訳における高い国家基準の設定、運用、普及
  2. 基準を満たす翻訳者・通訳者の認定による品質保証制度の導入
オーストラリア国内での通訳・翻訳産業の品質維持のためにこの認定制度があるわけだが、翻訳者(通訳者)として認定を得る方法には以下の五つがある。
  1. NAATI認定試験の受験
  2. オーストラリア国内のNAATI指定教育機関で翻訳(通訳)課程を修了する
  3. オーストラリア国外の教育機関で取得した翻訳(通訳)に関する資格の取得証明
  4. 国際的に認知されたプロ翻訳者・プロ通訳者協会への加盟証明
  5. 翻訳(通訳)における突出した実績の証明
一口に翻訳者認定・通訳者認定といってもそれぞれいくつかのレベルが存在し、申請者の翻訳(通訳)能力と既に取得している認定資格によって得られる認定資格が異なる。
いずれにせよ上に挙げたどの方法でも同じ認定資格が得られるとてっきり思っていたのだが、どうやらそうではなく、申し込む方法によっても取得できる認定資格に違いがあるようだ。

1.NAATI認定試験の受験
まず、試験による認定制度について、最新版と思われる2012年10月時点での試験要項をもとに認定資格ごとに出題形式と合格基準も併せてマインドマップにまとめてみた。
この方法で取得できる認定資格は以下。
翻訳者認定
  • Paraprofessional Translator(レベル2)
  • Professional Translator(レベル3)
  • Advanced Translator(レベル4)
通訳者認定
  • Paraprofessional Interpreter(レベル2)
  • Professional Interpreter(レベル3)
出題形式と合格基準

これとは別に、2010年10月付けのNAATI認定資格概要では、認定資格について以下の種類が挙げられている。それぞれシニアが最上位の認定資格である。
翻訳者認定
  • Translator Recognition
  • Paraprofessional Translator(レベル2)
  • Professional Translator(レベル3)
  • Advanced Translator(レベル4)
  • Advanced Translator(シニア、レベル5)
通訳者認定
  • Interpreter Recognition
  • Paraprofessional Interpreter(レベル2)
  • Professional Interpreter(レベル3)
  • Conference Interpreter(レベル4)
  • Conference Interpreter(シニア、レベル5)

比べてみるとわかるが、これらのうち、最初にまとめた認定試験制度の試験要項にはConference Interpreterの記載が無い。最上位資格であるこの認定資格は試験では取得できないということなのだろうか。
翻訳者資格認定については、Advanced Translatorの資格が1つしか記されておらず、2010年以降一つの資格に統合されたのかどうかなど、特別な説明が見つけられなかった。
また、「レベル5」というような呼称も、2010年の資料の時点で"formerly known as level 5"のように記載されているため、現在では用いられていないように聞こえる。

この不明点を明らかにするために、次回の記事では認定試験以外の方法による認定資格取得についてみていこう。

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